温泉権の評価 その3(特殊評価)
その後
「温泉権」は土地所有権とは別の独立した権利としては成立しないのが原則であるとする、温泉権の法的構成に関する有力説であった「川島説」を否定する判例(東京高判令和元年10月30日)が現れた。当該判例を先例とする場合、同説に基づく記述である「温泉権の評価」は修正を余儀なくされる。
以下、判例の趣旨を掲載する。
・温泉権は、温泉地から湧出する温泉を湯口から直接採取して排他的に支配する権利であり、温泉専用権又は湯口権などとも呼ばれるものである、成文法の根拠はなく、物権法定主義の例外の一つとされる。
・このような、温泉を湯口から採取して利用する権利は、湧出地の土地所有権の権利の内容の一つに含まれ、土地所有権とは別の独立した物権としては成立しないのが原則である。
・湧出地の土地所有者以外の者が温泉を利用する権利は、債権的法律関係により形成される。例外的に温泉権が所有権とは別に物権として成立するのは、温泉権を湧出地の所有権とは別の独立した物権として認める慣習法が成立している地域に限られる。
・慣習法上の物権としての温泉権が湧出地の所有権とは別に独立の物権として成立しているのは、歴史の古い温泉であって、地表又はその近くに自然に湧出し、たいした地下掘削工事もせずに引湯できる場合が多いと考えられる。
・慣習法上の物権を認めるというのは、明治民法施行前の慣習法が明治民法と合致しない場合において、明治民法の規律よりも慣習法上の規律の方が、社会経済の実態に適合しているときの緊急避難的な措置にすぎない。
・現代の高度な掘削技術をもって何十メートルも地下を掘削し、新たに湧出させた温泉については、原則として、慣習法上の温泉権を掘削地の所有権とは別の物権として成立することはない、と考えられる。
・土地所有者と温泉掘削者が異なる場合は、両者の間に債権的関係(賃借権や温泉利用契約など)が存在することが通常であるから、温泉を掘り当てるための投下資本の回収等については、その債権的関係のなかで処理すべきものと考えられる。
・慣習法の成立が肯定されない限り、土地所有者と離れた物権としての温泉権は認められず、温泉を利用する権利は、土地所有権の一内容をなすものとして湧出の所有者に帰属し、それ以外の者は、土地所有者から債権的に温泉の利用を許されるにすぎないと解するのが相当である。
考察
以上の判旨から考察するに、近時の人工掘削による温泉について、所有権とは独立した権利ではない以上、温泉権として鑑定評価の対象とすることは事実上不可能であろう。
現に温泉掘削に投下した資本等に対する評価は、判例によれば、当事者間に委ねることになる。
反対解釈として、当事者が契約により利用権設定とともに「温泉権」を所有権から独立させることも可能であり、この限りにおいて温泉権を別個の権利として価値判断を行うことは可能である。
しかしながら、法的に保護された借地権等と異なり、あくまで債権であって、権利の存在そのものが当事者間の契約に委ねられる、いわば賃借権等に相当するものである以上、不動産鑑定評価にはなじまない。