【解説】相続財産評価
相続が発生した場合には、被相続人が相続開始の時において所有していた土地、家屋、立木、事業用財産、有価証券、家庭用財産、貴金属、宝石、書画骨董、電話加入権、預貯金、現金など金銭に見積もる事が出来る全ての財産が相続税の課税対象となります。
相続財産については、「財産評価基本通達」(以下「通達」という)という基準にしたがって評価を行うものとされていますが、このうち、現金はもとより相続開始日現在の預入残高等により明らかとなる預貯金については、確実な証拠に基づき取得財産の価額が把握されますので、特段問題の生ずる余地はなく、仮に相続により取得した財産がこれらの財産のみであるならば、申告にあたり専門家の手を借りる必要はないでしょう。
また、例えば家屋のように固定資産税評価額が基準となったり、有価証券のように上場株式ならば時価、取引所の相場のない株式ならば純資産価額等が基準となるような財産ならば、当該評価の基準となる額の性格からみて、評価の客観性が担保されるとともに、通達に基づいたそのような財産の評価額が実勢価格と著しく乖離する事は少ないと考えられます。
ところが土地の場合は、通達に基づく評価が必ずしもその土地の実勢価格を反映するとは限らず、
・規模の大きな土地
・崖地を含む土地
・送電線下の土地
といった特殊な場合、通達にしたがって単純に評価を行うと、往々にして、当該土地の実勢価格と著しく乖離した不当に高い評価額となり、本来負担する必要のないはずの相続税まで支払う結果を招く事があります。
土地の評価について
通達による土地の評価方法
一般的な市街化区域内のように路線価が定められている地域にある宅地の評価では、路線価方式という方法がとられます。路線価とは、道路に面する標準的な土地の1m2あたりの価額の事で、その額は税務署に備え付けられている路線価図で確認する事が出来ます。この価格に、宅地の形状等に応じた奥行価格補正率等の各種補正率を乗じて補正した後、当該宅地の面積を掛けたものがその土地の評価額となります。
ここで留意しなければならないのは、路線価とは、あくまでその道路に面する標準的な土地の1m2あたりの価額の事であって、例えば都市計画法上の用途地域が第1種低層住居専用地域に指定され、実際の利用状況をみても戸建一般住宅が多く、土地の規模で言えば、この戸建住宅に適した規模の土地が大部分を占めているような地域の場合、標準的な土地とは、この戸建住宅に適した規模の土地を言うのであり、路線価として付されている1m2あたり○○円という価格は、このような土地の価格として表示されているものです。したがって、当該路線価が付されている路線上に戸建住宅の敷地としては明らかに規模が過大な土地が存在するような場合、たまたま同じ路線上にあるからといって、その土地の価格が路線価と同じ価格になるという事はありえません。
戸建住宅を取得する方は通常個人ですが、これに対し大規模な土地を個人が取得する事は想定されず、上記のような住宅地域に所在する大規模地に対する需要として可能性があるとすれば、分譲などを目的とする不動産業者等となります。この場合、分譲を前提とする以上、道路や公園などの公共用地が必要となるほか、開発に伴う諸費用等を負担し、かつ適正な利潤の確保を考慮すれば、当該不動産業者等が最終需要者である個人需要者が、取得する場合を想定して付された路線価の水準で土地を購入する事は到底考えられず、路線価が実勢価格と著しく乖離する事がおわかり頂けると思います。実際には、路線価に各種補正率を乗じたものが路線価方式による評価額となりますが、それでも実勢価格から著しく乖離する結果となる事が通常です。
広大地の評価
これまで大規模地を例に、路線価方式による評価額が実勢価格と著しく乖離する場合について述べて参りました。しかし実際に大規模地の場合、特に総額が大きくなる事もあって、相続税申告の際にその評価額について問題となる事が多く、これを踏まえて平成16年度以降分の相続税の申告から、通達中の広大地の評価方法が改正され、大規模地のうち後述する一定の要件を満たしている土地については、次に示す算式を用いる事で、簡便かつ実勢価格に相応した評価を行う事が可能となりました。
広大地補正率=0.6-0.05×(広大地の地積)/1,000m2
例えば、土地の面積が4,000m2の場合、上記算式により広大地補正率を求めると0.4となり、相当の評価減となるとともに、戸建住宅地内の大規模地に対する典型的な需要者と想定される開発を前提とする不動産業者等の採算性の観点からみて、取得可能な価額という事は、実勢価格に相応した価額といえ、相続財産評価のあり方としては、大きく改善されたといえます。
ただし、ここで言う広大地とは、「その地域における標準的な宅地の地積に比して著しく地積が広大な宅地で、都市計画法に規定する開発行為を行うとした場合に公共公益的施設用地の負担が必要と認められるもの」と定義されますので、大規模な土地であっても以下のような公共公益的施設用地の負担が生じないと認められる土地の場合には、広大地補正率を適用する事は出来ません。
・すでに開発を了しているマンション、ビル等の敷地
・現に宅地として有効利用されている建築物等の敷地(大規模店舗、ファミレスなど)
・原則として容積率300%以上の地域に所在する土地
・公共公益的施設用地の負担がほとんど生じないと認められる土地(間口が広い土地、二方路地など)
具体的には、容積率が高く、マンション用地としての活用が可能な土地の場合は、駐車場もしくは駐車施設用地等を含め、これを一体として利用するため、道路や緑地などの公共公益的施設用地の負担が生じない。あるいは、幹線道路沿いの土地で沿道サービス店舗等の立地に適した土地ならば同様に、駐車場用地を含め一体として利用するため、公共公益的施設用地の負担が生じない事から、広大地とは認められない事になります。
このように、確かに広大地の評価方法の改正により、相続財産評価のあり方は改善されましたが、全ての大規模地について広大地の評価の適用が認められるわけではないため、依然として路線価方式による評価額と実勢価格との乖離が生ずる余地は残されています。実際のところ、容積率等の条件からみて、机上ではマンション用地としての活用が可能な土地であるからといって、その実需があるとは限りません。
あるいは、実需があるものとして、マンション用地として実際に土地を取得するのは、やはり不動産業者等であり、その土地上に分譲マンションを建築して、完売に至るまでの適正な利潤を含む投資採算性を土地を取得する上での最も重要な要素とする不動産業者等が、そのような判断基準が必ずしも反映されているとは言えない路線価方式で算定した価額で土地を取得する保証はありません。また、幹線道路沿いの土地についても、繁華性の高くない地域にある土地、あるいはそこに立地する事が予測される業種からみて背後地の人口等が少ない、背後地の範囲が狭いといった理由から結局店舗等の立地に適していない土地に対する実需はなく同様に、路線価方式で算定した価額が、実勢価格を反映するとは限りません。
実勢価格を反映した評価方法
路線価方式による評価では、実勢価格を反映していないと認められる場合、通達による評価に代わるものとして、不動産鑑定士による鑑定評価の結果を持って、その土地の評価額とする事が認められています。不動産鑑定士は、専門的学識と経験に基づき、例えば住宅地域内の大規模地の場合には、上記の通り、想定される買主が不動産業者等となる事から、当該不動産業者等の観点に立脚して、戸建分譲であれ、マンション分譲であれ、開発にかかる諸費用、金利、一次取得者としての租税公課の負担、適正な利潤等一切の事情を考慮するとともに、実際に同程度の規模の土地を不動産業者がどの程度の価格で購入しているかについても調査を行う事により、最終的に評価額を決定します。
また、幹線道路沿いの土地についても、周辺の利用状況等の実地調査等を踏まえ、店舗等の用地としての実需があるか否かに付き検討するとともに、同様の状況下にある土地をどのような需要者が、どの程度の価格で取得しているかについて調査を行う事により、最終的な評価額を決定します。したがってその評価額は、文字通り実勢価格を反映したものとなります。
このように、相続により取得した財産が大規模地であり、かつ広大地の適用が認められないような土地の場合には、特に不動産鑑定評価の活用をお奨めします。なお、これまでの経験上、結果として路線価方式による評価とほとんど変わらなかったケースもありますが、まずはご相談下さい。
このほかにも、冒頭で述べたような崖地を含む土地、送電線下の土地といった特殊な土地についても、それぞれ財産評価基本通達に評価基準が定めてあります。
前者の場合は、通達にいう崖地補正率を適用して評価額を求める事になりますが、崖地の傾斜方位と崖地部分の地積の総面積に占める割合のみが補正の根拠となっております。例えば、
・崖地が宅地の中のどの部分に位置しているか
・周辺の利用状況等からみたその土地の最適な用途は何か
・崖地を含む事によりその最適用途による使用方法がどの程度制約されるか
といった点が考慮されていないため、その土地の実質的な利用価値に即した評価とはならない場合があります。
後者の場合は、通達では送電線下の土地は、区分地上権に準ずる地役権の付着した土地として評価される事になりますが、通達にいう当該「区分地上権に準ずる地役権」の割合が評価対象地の実情に即したものであるとは限らず、また実際には「家屋の構造、用途等に制限を受ける」場合以外でも送電線下の土地として一定の減価があるものと考えられますが、通達では、この場合の減価について何ら規定していません。
不動産鑑定評価では、崖地を含む土地ならば当該崖地部分に建築出来ないため、敷地全体が平坦宅地であるものとした場合に建築可能な賃貸用建物と比較し、建物の形態や規模等が制約されます。その結果、敷地全体が平坦宅地である土地と崖地を含む土地との経済価値の差が、収受可能な賃料の格差として表れる事に着目し、両者の収益価格(賃料等を基礎として求めた価格)を比較し、その格差を判定するなど、実質的な使用価値に即し、補正率を決定します。また、送電線下の土地ならば、送電線の高さ、電圧、敷地内における位置等から土地利用上どの程度の阻害を与えるかに付き検討する事はもとより、送電線の敷設が土地収用法第3条に定める「土地を収用し又は使用出来る事業」に該当する事から、土地の使用に伴う補償先例としての収用裁決例が多く得られる事を踏まえ、評価対象地と用途が共通で、送電線の電圧等の条件が類似する事例についても比較検討するなど、やはり実情に即し補正率を決定します。したがって、このような特殊な土地については、特に不動産鑑定評価の活用をお奨めします。
その他、これまでの経験から、間口の広い整形な平坦地で、一見特に問題がなさそうな土地であっても、例えば時の経過により、商業地から住宅地へと移行しつつあるような地域の場合、現在付されている路線価が、現時点では、このような地域の変動に即応出来ていないため、実勢価格より高くなっているケースなどもあり、その土地の評価額いかにより納めるべき税額が左右されるような場合には、相談してみる価値はあると思います。
相続税の申告にあっては、時価の判定が困難な財産、特に土地の評価額の如何が相続税額に大きな影響を与えます。相続税の税額は、あくまで時価に即したものであるべき事は当然で、およそ市場では成約し得ないような価格をベースに課税される事は不合理です。私どもは、財産評価基本通達による評価を否定するものではありませんが、財産評価基本通達による評価は、各税務署管内の土地に一括して路線価を付した上で、全国一律の補正率を基に評価を行うものである事から、その性質上、概算的なものにならざるを得ず、いくつかの実例を挙げて述べた通り、その土地の個別性に即した実勢価格を反映しない場合があります。土地の経済価値に即応した適正な評価額、すなわち適正な時価を基に申告を行う事こそが正しい相続税申告のあり方であり、税務行政としても、通達による評価が当該時価を上回る場合には違法と判断されるため、納税者側の主張する時価が適正である以上、これを認めざるを得ません。
不動産鑑定士の行った鑑定評価額は、まさにこの適正な時価であります。私どもは、不動産鑑定評価を通して、納税者の主張のお手伝いが出来れば幸いと考えております。