【収用損失】御神木
神社御神木と立木
神社立木は「鎮守の森」に代表されるように神の鎮まる神聖な場所であるとともに、集落住民およびこの地で生まれ育って都市等へ出ていった人々の故里である。先祖の代から、神社の境内で遊び育ち、時間あるいは場所を共有する事により地域住民の連帯感を育ん出来た。こういった意味からも氏神としての神社とともに集落の人々のシンボルとしての機能を有している。神社を構成するに必要な樹木は、神社の尊厳性を作りだすもので、それは樹木の量とともに大きさが必要であるが、樹木は生きものであり、一朝一夕には大木とはならず長い年月が必要である。
したがって、神社御神木の立木補償にあたっては、「移植させるのが好ましい立木であっても、当該立木の移植に要する費用が当該立木の取得価格を越える場合には、補償の経済合理性の見知りから移植に代えて当該立木を取得する方法を採用する」との経済性のみを追求するのではなく、
- 神社の尊厳性の維持
- 自然環境の保護
- 神社の歴史
等フィジカル、メンタルな樹木の機能について配慮し、補償方法および補償額の算定を行う必要があると考える。
特殊な価値を効用および用途を有する立木について
特殊な利用価値および効用を有する樹木については、社殿と樹木が一体となって構成する宗教的財産価値減・市場での稀少性等に交換価値等の経済的見知はもとより、利用権等の効用が減少する事による機能的見知からも検討および考慮し、立木の補償方法および補償額の算定を行う必要がある。御遷宮の行事を行う神社では、遷宮にそなえて広大な、境内地に樹林を有し、その際その伐採した樹木(伐木)を使用して神社建物を建築する。(伊勢神宮20年1回平成5年実施)これら神社の樹木については、特殊な用途の建物の材料として、時として、市場に供される事もあるが、その樹木は神社樹木である事の価値が認められ、一般の他材木に比較してこれらの樹木では10倍以上の値が付けられる事もあり、限定された市場であるとはいえ、神社御神木としての効用が発生し得る事に留意する必要がある。
各地域地方に存在する氏神境内に存在する樹木についての御神木としての効用の発生が認められるかについては、
- 神社の知名度と市場に供される範囲
- 樹木の建材としての利用価値
により、その効用の発生程度を認定する必要がある。
宗教的財産価値(尊厳性)…精神的側面・歴史的側面
立木の価値
移植補償および伐採補償いずれの算定を行うにしても、ともに立木の正常な取引価格(樹価)が必要である。
移植補償額算定の場合「移植に伴う枯損等により通常生ずる損失を補償するものとする。」とあり、移植に伴う枯損率により通常生ずる損失額は当該立木の正常な取引価格に枯損率(10~40%)を乗じて算定した額としている。
また、伐採補償額算定の場合「観賞上の価値があると認められる立木について、当該立木の正常な取引価格と伐採除却に要する費用相当額の合計から伐採により発生した材料の価格を控除した額を補償する」とあり、いずれの補償にあっても立木の正常な取引価格(樹価)が必要である。
財の価値についての経済学では、
- 生産費説…交換価値の決定要因として、その財の生産に投じられる費用ないし労働量。
- 効用価値説…消費者にあたえる満足や効用の大きさが交換価値をきめる。
- 限界効用説…効用価値説にその財の稀少価値をきめる。
とされ、価値は需要と供給の相互作用によって決まるとされている。
また、不動産鑑定評価基準において、不動産の価格を、
- 我々が認める効用
- 相対的稀少性
- 有効需要の存在
の三者相関結合により、その経済価値が決定されるとしている。対象の立木の価値へのアプローチは、効用、稀少性その需要に着目し、市場性、費用性、収益性の観点から立木の価値を決定するものとする。
補償額の算定要素
公共用地の取得に伴う損失補償基準、第38条に基づき、立木の補償額を算出するにあたり、その算定要素は以下のとおりである。
樹価
当該地方における植木市場の樹種別取引価格であり、これは造園業者取得原価に現地までの持ち込み運搬費用(現地持ち込み価格)に植え込みのための費用を加えた正常な取引価格に管理程度補正率および神社御神木としての効用を加味し、樹価とする。
樹価=正常な取引価格(市場価格)×管理程度補正率等
樹価=((樹木現場持ち込み価格)+(植え込み費用))×((管理程度補正率)×(神社御神木効用率))
正常な取引価格、管理程度補正率等により、樹価を求めるものとする。
樹木現場持ち込み価格
樹木は生きものであり、一朝一夕には生育しない。したがって、樹高が大のものについては、その市場性が少なく正常な取引価格は非常に限られた市場に成り立つ価格といえ、その時々の需要・供給のバランスによって決定されるものである。
一般的な市場においては、
- ケヤキ樹高3.0~7.0m程度
- スギ(ヒマラヤ)樹高1.5~5.0m程度
- サクラ樹高2.5~3.0m程度
等が売買されている。これら樹木の形状規格を著しく越える高木については、市場性がない。または著しく低く、樹木の正常な取引価格は形成されにくい限られた市場にのみ成立する価格と考えられる。
市場性からのアプローチ
一般的市場に取引されている樹木に比較して大なる樹木については、市場性が少なく、また需要があっても、樹木が生きてるものであるが由の特性から受注に応じた供給は必ずしも可能とは言えず、樹木の価格は、どちらかといえば供給側の意向に沿った価格帯とならざるを得ない傾向にあると考えられる。
取得原価からのアプローチ
一般的市場で取引される樹高は10m以下であり、これらの正常な取引価格は市場において形成される。それ以上の高木については、一般的な市場で取引される樹木が成長する事が必要であり、そのためには風雨に耐えぬき、そしてその間の時の経過(樹種の成長により差はあるものの、樹高20mを越えるには100年を要する)と、下刈り、枝打ち、消毒等の管理が必要である事を考慮すれば、
高木の樹価=市場形成価格+時の経過に伴う成長価値+維持管理費相当
一般市場経済において、資本(資金)は時の経過に伴って、一定の果実(利息)を生み出すものと考えらている。
収益性からのアプローチ
用材林および、薪炭林の立木においては、収益性はある。庭木や風致木等においては、鑑賞上の価値は有するものの、伐採後、その材を建材等に利用する事はほとんど困難であるが、樹齢数百年、樹高20m越えるものについては、建材としての利用が可能であり、特に神社、御神木と言われる樹木では、神社建物の建築材料、料亭等の玄関柱等の特定の用途では、利用価値を有するものもある。しかしながら、神社の尊厳性等を形成する樹林について、建材の用に供すべく維持管理等がなされているものではなく、建材としての価値は低いものと考えられる。
管理程度補正率
樹木の手入れ、管理状況に応じ、年2回以上庭師による手入れをしている(1.2)、年1回程度庭師による手入れをしている(1.0)、ほとんど手入れをしていない(0.8)の補正を行うものとしている。
一般的な神社では、元旦初詣での参拝、春祭り、夏祭り、新殻祭りの年4回の祭事等が実施され、その準備として、氏子による境内の清掃をはじめ、樹木についても、境内御神木に対し、その季節に応じた枝打ち、下刈り、消毒等の手入れが祭り事毎になされ管理はされている。
神社御神木効用率
境内地内の立木を全て御神木とするか、特定の樹木のみを御神木とするかについては、それぞれの神社によって異なるものの、境内地内の樹木を鎮守の森として一般樹木とは区分しているのが一般的である。しかし時として境内全ての樹木の御神木としての効用について、神殿等建物と樹林全てが渾然一体となって形成する神域全体の効用は認められるものの、個々の樹木それぞれに御神木としての付加された価値(効用)があるとは判断し難い面がある。しかしながら、樹齢数百年(先祖の時代から)の樹木については、御神木としての価値を認める効用率を補正する必要があると考えられる。
移植費
移植費は、既存樹木の掘取費用と運搬費用に植込費用を加算したものとする。
移植費=掘取費用+運搬費+植え込み費用
掘取費用…根回し(根の切断と細根の発生)・根部保護・枝葉の剪除と保護・掘取
植込費用…植裁・客土・施肥・支柱取付(植付けた樹木の振れ防止、倒れないようにし、土と根が密着するため)・幹巻
移植補償額=移植費+(樹価×枯損率)
枯損率
樹木の移植による難易度の補正は、移植難易の程度により決定する。
伐採除却費
対象の樹木を移植せず伐採補償を採用する際、伐採除却に要する費用。
伐採補償額=樹価+伐採除却費-発生材価格
発生材価格
鑑賞、景観および御神木としての価値を有する樹木について、建材等への利用価値はほとんどないと考えられるものの樹高20m(樹齢)百年を越える樹木については、限定された市場価値は成立するものと考えられ、伐採補償を採用するにあたっては、伐採樹木取引額相当額がある場合には、それを発生材価格として控除ずるものとする。