業務実績

補償

【収用損失】牛舎

要旨

ここに紹介する補償事例は、A事務所が施工するB道路建設工事において支障となったC県内のD酪農組合の牛舎等施設の事例である。

支障範囲

E自動車道の建設工事により計画された取得用地は、D酪農組合の敷地の大半を含むものであり、敷地面積の約80%を占めるものとなる。

 

当該施設の残地移転を不可能とするものである。

課題

D酪農組合の施設の移転においては、法人施設と個人施設の関係が複雑である事、生き物を飼育する施設である事から、以下の課題を本業務で明確にするべきものと設定した。

 

  • 移転方法:対象が生き物であるが故の特殊性、組合と組合員(個人事業者)の関係による経営上の問題点を考慮し、移転方法を検討する。

 

  • 施設所有者:建物登記簿および営業調査資料等の確認のもと被補償者を確定し、個別払いの原則に基づき各人別に補償額を算定。

 

  • 平等な補償:組合と個人、個人と個人の関係を明らかにするとともに、各人の所有施設、営業内容を基に関係人の均衡(補償額の平等)を確保する。

 

  • その他の損失:乳牛を移転する場合の事故発生の危険性、移転後の乳量減少に対する補償の検討。

施設概要

農事組合法人D酪農組合は、C県F町において昭和40年代に設立。

 

設立当時は、8人の組合員により畜舎を分割し、作業の共同化、合理化、利益の拡大および適正配分を目指しスタート。しかし、飼育の方法、乳品質のばらつきがあり、共同経営が軌道に乗らないまま経済情勢の変化に対応する事となり、昭和54年からの生産調整施策に突入、厳しい経営状態となった。

 

その後、乳牛を飼育している組合員は6人に減少。共同経営を解体し、個人経営の形態となっている。

 

組合設立当初の目的である作業の共同化、合理化、利益の拡大および適正配分に対しては、十分な機能を果たしているとは言えないが、個人経営形態への変更要因の多くは、経済情勢の厳しい方向への変化に対応するため転換を余儀なくされたものであり、施設の共同利用、情報の交換、作業の助け合いの精神は共同経営の頃から変わることなく続いている。

酪農業の一般的概要

酪農経営の概要

 

我国では酪農業は戦後に目覚ましい進展を遂げ、牛乳・乳製品の消費は拡大し、需要に供給が追いつかないという情勢が昭和50年頃まで続いた。

 

国民の食生活・嗜好の洋風化によるところが大きく、牛乳はかつての病人・幼児の飲料から一般青壮年の飲料へと変わっていった。

 

こうした状況下の中、生産者である酪農家は多頭飼育、設備の近代化、等規模の拡大を図ると共に高能力牛の改良飼育に努めてきた。

 

しかし、オイルショックを契機に起こった国民大衆の生活危機感は食費の圧縮に端的に現れ、乳製品の消費の伸びも低落し始めた。また、この頃から乳製品輸入拡大に相まって農・畜産物の過剰が指摘されるようになり、「需要にみあう生産」をキャッチフレーズとして、計画生産(生産調整)を余儀なくされ、今日でも極めて厳しい計画生産体制がとられている。

 

 

乳牛の品種特性

 

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日本国内では、乳用牛の品種別頭数の割合を見るとホルスタイン種系が90%以上を占める。

 

世界的にも乳用飼育では、ホルスタイン種系の飼育が多く見られ、その理由は次の諸点にある。

 

  • 乳脂率は薄いが産乳量は乳用種中最高。
  • 発育が早く、肉質は良好で、肉利用価値が高い。
  • 大型で大量の粗飼料を利用出来る。
  • 性質がおとなしく取り扱いやすい。
  • 気候・風土などの環境に対する適応性が広い。

 

但し、同じ品種の乳牛でも個体差はかなり大きく、産乳量についても遺伝的能力・年齢・飼料の程度・季節・環境等による影響は著しい。

 

 

乳牛の一生

 

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乳牛はお産のあと10ヵ月搾乳、その後2ヵ月を乾乳期として搾乳を休ませ、また分娩させる。

 

産を重ね10歳~12歳くらいまでは搾乳可能であるが、6歳5産を越える頃から、乳量の減少および乳脂肪の低下、細胞数の増加の傾向が強くなるため、この時点で廃用牛とするのが一般である。

 

ちなみに、乳牛の寿命については牛が経済動産である事から、天寿を全うする事なく肉用に処分されてしまうため明確ではないが、17歳~18歳位といわれている。

 

 

乾乳期日数と次乳期産乳量との関係

 

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乾乳期間は分娩後の泌乳に十分な乳量を得るために必要な期間である。

 

乾乳期日数とその次期産乳量との関係は、表に示す通りである。当然、個体差は発生するが、乾乳期間を長くすれば、前後の搾乳期間が短くなり、産乳量が減少する事となり、50日~60日の乾乳期間が最適とされている。

 

 

計画生産(生産調整)

 

農・畜産物の過剰生産問題は、稲作の生産調整(減反対策)に代表される構造的な危機となり、その他の野菜・果物・肉豚・鶏卵等におよび、酪農・肉牛生産者にも深刻な状況をもたらすものとなった。

 

牛乳は昭和54年以降、過剰生産からの価格暴落を防ぐため計画生産に踏み切った。

 

飼育頭数および実績により、割当量より多く生産した量に対しては低価格で取引、また割当量より少ない場合は、次年の割当量減少のペナルティーを与えられる等、近年の酪農業にとっては乳量の管理が非常に重要な要素となっている。

D酪農組合の経営状況

(数字は調査時の直近年度の実態)

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D酪農組合は個人経営の形態であり、乳牛の頭数、飼料の与え方および機械等の設備の導入は生産農家ごとの個人差がある。経営規模は標準的な規模であるが、収益性は6農家ともに低い。組合としても、良い経営状態とは言い難い。

移転工法検討

移転工法の考え方

 

 

組合と個人の関連

 

D酪農組合は組合設立当時の共同経営経営から、個人経営形態へ移行しており、また各自の経営規模からも各々単独で営業の継続は可能である。

 

しかし、個人単独での移転を考えるには、下記の問題が起こる。

 

  • 各営業主は組合の出資者であり、施設の共同利用、相互援助、規模の利益等のメリットで結びついている。

 

  • 乳業会社の牛乳回収は、まとまった量の回収が期待出来るため、毎日行われているものであり、個人個人の生産量では毎日の回収が行われない事となる。よって、牛乳の鮮度の劣化による価格低下が発生する場合があり、また2~3日間の貯蔵施設が必要となる。

 

  • 施設の共同利用(飼料庫・貯蔵室・糞処理施設他)を行っているが、単独での営業となるとこれらの施設が新たに必要となり、多額の自己負担が発生する。

 

また、移転補償を考える場合、「組織・営業形態等移転対象のあるがままの状態を保ち、その状態で移転」を前提としている事から、対象となる施設の移転は従前通り組合としての形態のまま、同一の移転先への移転方法とするべきである。

 

しかし、残地はわずかであり、従前規模の施設を移転する事は不可能である。よって移転先は構外に限られる。

 

 

酪農業経営による問題

 

酪農施設のように生き物を扱っている場合には、移転先の立地条件に厳しい制約を受ける事が多い。

 

  • 酪農に必要な自然的生体的条件。
  • 市場との距離。(牛乳回収業者の移動範囲)
  • 経営者の居宅との距離。
  • 騒音・臭気から近隣住民との環境問題によるトラブル。

 

これらの問題により、移転先選定が困難な場合が多い。特に大規模な嫌悪施設を建設するための敷地を取得する事は、近隣の同意等が必要となり、非常に困難である。

 

したがって、対象施設の移転方法を検討するにあたり、営業廃止補償についても検討するべきであると考えた。

 

 

移転工法の決定

 

施設の持つ特殊性を含む問題点・経済性等の諸々な条件を検討し、対象施設を構外へ移転する事が物理的に可能な移転工法は、??であり、それぞれの工法について積算し、経済比較を行う事とした。

 

しかしながら、営業廃止補償は、真にやむを得ない場合を除き、職業の自由を奪う工法となり、補償額の経済性を求めての採用は妥当な工法とは言い難いものである。また、牛を一旦処分する移転工法については、子牛から5産牛までをバランス良く飼育してきた作業のリズムを損ない、新規導入のため一時期に必要となる大きな出費、産乳量回復までの長期間利益の低下が起こる事となるため、従前の大きな変動のない安定した経営が出来なくなる。

 

さらに生産調整政策のペナルティに基づき、一旦減少した産乳量を回復させる事が不可能となる場合もある。よって、営業主への負担が増加するため、この移転工法も、妥当な工法とは言えない。

 

したがって、本業務により支障となる牛舎の移転の方法としては、『構外再築工法(既存牛を運搬し、経営を継続)』を採用工法とした。

補償額算定について

営業補償

 

 

売上減補償

 

営業廃止を除く構外移転の工法を採用した場合、営業休止の有無にかかわらず、移動直後の牛乳の出荷が不可能となる。

 

移動直後の牛乳については、施設の消毒等が行われたとしても、付着するゴミや汚れが残る場合があり、またミルカーや温水器等の搾乳機器の試運転等が必要となるため、1回分の出荷量(1日相当)は出荷困難となるためである。

 

よって、営業休止の問題とは別に、1日分の売上額を補償対象とした。

 

 

売却損と導入費用

 

酪農業の流動資産は、乳牛と購入飼料である。

 

乳牛の価値は各経営者から入手した損益計算書添付の減価償却資産期末残高とし、牛の処分費は飼育途中の市場統計がないため50%を売却損とした。

 

乳牛を一旦処分し、改めて導入する費用は、経営者全員の前年度導入実績の平均額とした。

 

 

その他の損失

 

 

牛の移動

 

既存牛を移転先へ移動させる工法を取った場合、牛は動産として扱う事となる。

 

しかし、一般の動産とは違い、

 

  • 牛は生き物である。

 

  • 近年の酪農業の特性から、放牧は行われず導入後飼育されている期間、廃牛に至るまで一生つながれて生活しており、足腰が非常に弱っている。

 

  • 牛の持つ本来の性質として警戒心が強く、神経質であるとともに、飼育牛の大部分が妊娠中である。

 

といった条件が付く事となる。

 

 

生きた動物の運搬は「損失補償標準算定書」にも通常の運賃の2割増しと記載されている。これは、それら特殊な荷を扱う業者が少ない事、荷物の特殊性による運搬の困難さを割増率に換算したものである。また、牛は神経質な動物であり、体力が非常に劣っている事から、移動においては、パニックを引き起こし、事故につながる可能性が非常に大きい。したがって、牛の運搬にあたっては、牛自身が一番なれている人間、すなわち営業主本人が直接携わる必要がある。

 

但し、営業主は搾乳等毎日の作業は通常通り行う必要があり、牛の移動作業に掛けられる時間は1日4時間が限度である。さらに牛の運搬を6トン車トラック1台当たり6頭とすると、積込み60分、運搬20分、積卸し40分、計120分の時間を要し、1日に運搬出来る牛は12頭程度である。

 

 

乳量減少の補償

 

牛は警戒心が強く、神経質な動物である。導入から現在までつながれていた生活環境から、突然移動させられ、移転先における環境の変化等により種々のストレスを受け乳量減少・品質低下等の損失を発生させる事が予想される。

 

妊娠中の母体がストレスを受け、身体リズムに変調をきたす事は、まさに人間と同じである。

 

ただし、乳量減少等の被害は、牛の個体差、現在の飼育環境、移動の時期、移動の方法、移転先の環境によって定量的な予測は非常に難しく、移転後の調査統計も皆無に近い。しかし、明らかに予見される損失については当然補償するべきである。

 

 

乳量水準別の乳量の変動

 

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上記表は移転に伴う乳量減少について、数少ない調査資料の1例である。飼育方法・移転方法の差異により、必ずしも本物件対象牛舎と同一の結果となるとは言えないが、乳量減少の確定の拠り所となるものである。

 

さらに、農業技術センター・家畜保険衛生所・畜産会および家畜を扱う獣医師等への聞き込みにおいても「いずれは回復するものの、一時期の乳量減は予想される。」との意見であった。

 

よって、乳量減少の補償として、平均減少率20%、期間10日間と認定し、生乳売上高の10/365日×20%を補償対象とした。

 

 

事故に対する補償

 

近年の酪農業は高密度多頭傾向にあり、一旦導入した牛は廃牛に至るまで柵内に繋がれているため、足腰が非常に弱っている。また、ほとんどの牛は妊娠している状態である。したがって牛の移動時には骨折等の事故の危険性が非常に高くなる。

 

牛がパニックを起こさないため、移動は営業主である酪農家が自身で行うとしても、運搬や環境変化に伴う骨折・心臓への負担、また営業主が移転の雑務に追われ、搾乳時間のリズムが狂う事により乳房炎を誘発する等の事故の危険性を有している。そして、事故が発生した場合の損失は多大なものとなる。

 

通常の経営時においても、導入時の事故を担保する目的から保険を掛けているのが一般的である。通常の導入は、牛の比較的安定した時期(例えば分娩2ヵ月前)に移動する事としており、今回のように牛の状態に関係なく、移動を余儀なくされる場合には事故の発生確率も高くなる事が予想される。

 

しかし、保険会社もこのような状況は想定していないため、通常導入時の保険掛金相当を補償対象とする事とした。

 

保険掛金は、

 

移動の際の事故(妊娠牛・子牛(生後1年未満))
 ・基礎価格の35%

 

移動の際の事故(経産牛・肥育牛)
 ・基礎価格の25%

 

移動後1週間の事故
 ・基礎価格の30%

 

 (G火災海上保険相互会社見積)

保険料の基礎価格は、決算資料の資産価格を基礎価格とした。

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